争議支援のお願い

争議支援のお願い

 

                 「杉並区立図書館雇い止め解雇裁判」当該 岩﨑一男

 

 本争議は、杉並区を定年退職後、外郭団体・井草運協の事務局長をしていた私に対する退任強要から始まりました。
 2008年2月29日に起きたこの事件は、私が団体の会長とそりが合わないという情報が当時の山田宏区長(現「日本維新の会」衆院議員)に入ったことが原因でした。団体の委員の中から応援団も結成されましたが、2週間後、私は杉並区に3年間の雇用保障などの条件を出して、同年4月から杉並区立中央図書館の一嘱託員になりました。しかし、報酬が約束された額でなかったため、事件は再燃。その後、解雇の威しを受ける中で、同年6月に労働組合に加入し、団体交渉を重ねていましたが、3年間の雇用保障を反故にされ、翌年2009年3月に「雇い止め解雇」(再任拒否)されました。
 私は、「雇い止め解雇」の違法確認と不法行為(退任強要、報酬減額支給、解雇の威し、「雇い止め解雇」)に対する損害賠償を求めて2009年6月に東京地裁に提訴しました。訴訟が始まると、杉並区らは自らの不法行為を正当化するため、数々の虚偽主張を積み重ね、裁判は「正義と不正義の闘い」の様相を色濃くしておりました。
 しかし、2011年9月6日の東京地裁判決(民事第11部篠原絵理裁判官)は私の「全面敗訴」でした。判決は、杉並区らの虚偽主張などを48項目も認め、訴訟代理人笹山尚人弁護士が「不当判決にも色々あるが、こちらの主張に全く触れずに、被告側の主張を一方的に認めた判決はみたことがない」という酷いものでした。
 私が受けた「雇い止め解雇(不再任)」は、1985年に杉並区に再雇用嘱託員制度が導入されて以来、始めてのことでした。しかも、私の勤務評価は「良好」で、杉並区が嘱託員取扱要綱・要領で定めた再任基準上は何の問題もありませんでした。その一方で、私が情報公開請求して判明したのですが、杉並区は、「更新不可」「更新をためらう」等、私よりも勤務評価が劣る嘱託員を29人も再任していたのです。
 杉並区は、本来、要綱・要領で定めた再任基準に基づき、私を再任するか否かを決めるべきところを、私が労働組合に加入し、杉並区が約束した報酬額支給を団体交渉で求めたことを嫌悪した山田宏区長が、憲法第14条が定める平等取扱原則に違反して、当時6歳の子供を抱えた私から仕事を奪ったのです。
 しかしながら、憲法第14条違反について、2012年7月27日の東京高裁判決(第2民事部大橋寛明・川口代志子・蓮井俊治の三裁判官)は、裁判が始まってから持ち出してきた杉並区の「雇い止め解雇」の理由を、しかも、私が後付け・虚偽などと詳細に反論していたにもかかわらず、「相応の理由があり」「他の職員に対する評価との比較等を問題にする余地はない」と、憲法第一四条の解釈を誤った憲法違反の判示をし、この点に全く触れずに私の主張を認めなかった東京地裁判決を踏襲しました。
 私は、杉並区の虚偽主張を認めた高裁判決は容認してはならないとの思いで、2012年8月9日に最高裁に上告(不服申し立て)しました。上告は原則として高裁判決に憲法違反がある場合に限られますので、早い場合、上告から3ヵ月で「却下(上告理由なし)」の決定が下されています。私の場合、高裁判決には憲法解釈に誤りがあり、憲法第14条に違反するとの主張をしていますが、いつ「却下」の決定が下りてもおかしくない状況にあります。そのため、昨年の12月から、支援者の方々と高裁判決の破棄を求めて月1回認められている最高裁への要請行動を行っております。
 次回要請行動は2月26日(火)午前8時~最高裁西門前でビラまき終了後です。また、高裁判決の破棄を求める団体署名や上申書の提出にも取り組んでいます。本争議(裁判)に関することはブログ(http://blog.goo.ne.jp/20iwasakiもしくは「杉並区 裁判」で検索できます)をご覧ください。

滋賀県労働委員会報告

 

                               ヤンマー争議当該
                             びわ湖ユニオン書記長 稲森 秀司

 

 さる、1月21日、滋賀県労働委員会におきまして第3回調査が開催されその中で労働委員会の和解案が示されました。労働委員会の示した和解案は、「今後期間従業員の採用が募られた際にはびわ湖ユニオンに通知する」というものでした。「派遣社員」として応募した、ヤンマーの「派遣労働者」としての募集を長浜市にあるクローバーという派遣会社に出した際に、現行の「労働者派遣法」でも禁じられている「特定行為」である「応募者の履歴書の提出」を行なっていたという実態をなんら考慮していない、和解案を提示してきたのです。
 びわ湖ユニオンとしてこのような低レベルな和解案は俎上に上げることはできないとして労働側委員に以下の要求を行いました。
1、当該二人のうち少なくとも一人の雇用をヤンマーの責任において確保すること。
2、上記就労先については、長浜市より通勤可能な場所を確保すること(原職復帰については譲歩するということですが)。
3、当該佐々木は肝臓ガンを罹災していて就労が困難であることから応分の補償を見舞金として支払うこと。
4、ヤンマーは、今後びわ湖ユニオンに対してヤンマー労働組合(正社員組合)と差別的な取り扱いをしないこと。
  次回は、2月27日に第4回目の調査が行なわれます。
 証人尋問については、長浜の派遣会社の専務取締役が証人として出てくることとなりました。ヤンマーの弁護士と口裏を合わせて証人尋問に出席してくるものと思われますがこの口裏合わせを如何に崩すかが、この労働委員会での最大の攻防となるものと考えます。また、ヤンマーはこの2月28日にヤンマー記念館が落成予定です。長浜市内中心部のヤンマー長浜工場従業員寮を壊して、地元の建設業者を使わず建築されている私企業の事業に長浜市は多額の助成金を拠出しています。今後は、ヤンマーに圧力をかけるために長浜市に情報開示請求を行ない、市議会での追及なども考慮に入れてヤンマーを地域的に追い込んでいく必要も感じています。というのも、ヤンマーは来期より持株会社への移行を発表しており、本社はこの労働争議の問題については小型エンジン事業部の問題として切り捨てる目論見があるからです。今後は、長浜現地と行政への抗議を集中して長浜市でのヤンマーの社会的地位の失墜を図らないことには、解決への道が無いと考えています。 
 闘病中の当該佐々木の病状も悪化しており生命の危機も十分考えられる状況下に有ります。先月の21日より10日間での検査入院で、肝機能の悪化が発覚して、現在はベッドから動くことを禁じられ、腹腔内にたまり溜まった肝臓からの出血を、チューブで体外に出し失った血液を輸血で補うという対処療法を行なうよりほかないという状況に置かれています。
 私自身も、現状のびわ湖ユニオン組合員の争議を生活を切り詰めてでも可能な限り支援していこうと考えています。
 ヤンマーとの闘いは文字通りの命がけの闘いになるものと思いますが、私は命の続く限りヤンマーと闘い続けます。

 

   〈追記〉

 

 ヤンマー争議当該・びわ湖ユニオン執行委員長・佐々木真一郎氏は肝臓ガンのため長浜日赤病院で闘病中でしたが、2月12日、逝去されました。心よりご冥福をお祈りいたします。

                                   (編集部)