沖縄越年闘争

新年総決起集会で闘う決意を固めた(1月1日、与儀公園)
新年総決起集会で闘う決意を固めた(1月1日、与儀公園)

12・31―1・2

熱気みなぎる越年闘争を貫徹

 

      沖縄・首里日雇労働組合

 

 12月31日から1月2日にかけて、沖縄・首里日雇労働組合(沖日労)は、那覇市内与儀公園での昼の炊き出しと、平和通り周辺における夜の人民パトロールを中心に、越年闘争を闘いぬいた。

 越年闘争にあたり、沖日労は、街頭カンパ活動に取り組むなど、広く資金・物資の協力を呼びかけた。そして、これに積極的に応えてくれた多くの労働者・市民から、例年にも増して多くの資金、そして毛布、衣類などの物資が寄せられた。周囲に呼びかけて資金・物資を募ってくれた人や、炊き出しの現場に衣類や飲料を届けてくれた人もいた。名護新基地建設阻止を闘う人々からは、とりわけ多くの支援を頂いた。

 沖縄の産業構造は、27年間にわたる米軍統治、米軍基地による経済の圧迫、日帝政府と「本土」資本による従属化の結果、すっかり歪められてしまい、第三次産業偏重の構造(製造業が極端に少なく、観光業と公共事業に偏った構造)となっている。それは、「本土還流型ザル経済」、「移・輸入依存型経済」とも呼ばれている。この中で、多くの沖縄の労働者が、低賃金、長時間労働、不安定雇用のもと、厳しい労働と生活を強いられてきた。今なお沖縄は、一人当たりの「県民所得」、「非正規率」、「ワーキングプア率」、「世帯貧困率」、「子どもの貧困率」のどれをとっても、「全国ワースト・ワン」の水準にある。完全失業率は、「復帰以降、最も低い水準」と言われるが、雇用のほとんどが「宿泊・飲食サービス業」、「卸売・小売業」関連の「非正規雇用」であることは見ておかねばならない。さらに、最低賃金は、「全国最下位を脱した」と言われるが、「最賃破りの比率」(国が定める最低賃金を下回る給与で働く中小企業労働者の比率)では、全国で最も高くなっている。とりわけ、日雇い・野宿の労働者には、低賃金と失業―野垂れ死にを強いる切り捨て政策が横行している。首里の寄せ場にも、求人に来る業者はほとんどなく、そのため労働者の数もめっきり減ってしまった。

 こうした厳しい状況の中、日雇い・野宿の労働者に対する餓死・病死・凍死―野垂れ死にの攻撃を団結した力ではね返すべく、「一人の野垂れ死にも許すな!」「力を合わせて生きぬこう!」「闘って仕事をかちとろう!」というメインスローガンのもとに、越年闘争は取り組まれた。多くの日雇い・野宿の仲間が、炊き出しの準備や配食、後片付けを担い、また人民パトロールに加わり、熱気みなぎる取り組みとなった。

 

〈12月31日〉

 

 12月31日の昼の与儀公園には、60人を超える仲間たちが集まった。沖日労が越年闘争への突入を宣言すると、大きな拍手が起こる。前夜からのあいにくの雨で足元がぬかるんでいるため、予定していた衣類の配布は翌日に延期となったが、炊き出しは予定通りだ。雨が降ろうが風が吹こうが、炊き出しを必要とする仲間がいる限り、必ずやるのが沖日労の越年闘争だ。労働者たちに、弁当、お茶、年越しそばなどが次々に配られた。大量の配布物資が瞬く間になくなっていく。取り組みは初日から大盛況だ。

 夜は、平和通り周辺をパトロールだ。平和通り界隈は、かつては市場や店舗の営業が終わるとシャッターが降りて灯が消え、ほとんど人通りがなくなるので、野宿する労働者も多かった。ところが、今や、ここかしこに「せんべろ」を売りにする深夜営業の居酒屋ができたために、煌々と灯りがともり、深夜まで酔客が徘徊する街へと大きく様変わりしつつあり、野宿は極めて困難になっている。それでも夜九時には、30人近い仲間たちが集まった。ほとんどが、大晦日の夜だというのに行き場所がない仲間たちだ。握り飯、飲料、カップ麺、使い捨てカイロ、毛布などが配布される。

 

〈1月1日〉

 

 1月1日は、正午を前に、衣類の配布が行なわれた。男性用、女性用に分かれた2枚のブルーシートの上に、衣類が広げられると、仲間たちがブルーシートの周りに集まり、思い思いに衣類を手にする。寄せられた衣類は大量で、一日では到底捌き切れず、半分は翌日に回された。

 正午には、新年総決起集会が開催された。60人を超える仲間たちを前に、沖日労の執行部の仲間が、2020年を闘う決意を明らかにする。執行部の仲間は、「全国の日雇いの仲間たちと結びつき、越年闘争をやりぬこう」とした上で、「2020年に沖日労がやりたいことの第一は、『仕事よこせ』の闘いだ。政府や行政に、アブレ(失業)の責任をとらせよう。『公的就労対策事業』の沖縄での実施を求めて、沖縄労働局、沖縄県、那覇市への要求行動を強めよう。『日雇い雇用保険制度』の沖縄での適用拡大を求めて、沖縄労働局への要求行動に取り組もう」、「第二は『一人の仲間の野垂れ死にも許さない』ための取り組みだ。2020年も、月に二回の炊き出しを必ずやりぬいていく」、「第三は、反戦・反基地の闘いだ。とりわけ辺野古の闘いは重要だ。闘いはこれからだ。新基地建設を阻止するために、ともに現地に行って、座り込もう」、「失業も貧困もない沖縄、基地も戦争もない沖縄を実現するために、沖日労の旗のもと、2020年を闘おう」と提起した。参加者が盛大な拍手で応える。

 続いて、全国の寄せ場からの連帯メッセージが紹介される。「山谷では、12月28日から1月6日朝まで、玉姫公園で越年・越冬闘争を闘う。9泊10日の長丁場になるが、『一人の野垂れ死にも許さない』という寄せ場労働運動の原点の闘いとしてやりぬく決意だ」(東京・山谷日雇労働組合)、「釜ヶ崎では、12月28日に越年・越冬闘争突入集会を開催し、1月5日まで、釜ヶ崎のセンターを基点にして夜間の人民パトロールに取り組む。ともに越年・越冬闘争をやりぬき、2020年の闘いに向かっていこう」(「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」)、「私たちも福岡市内・須崎公園を拠点にして、福岡日雇い越年・越冬闘争を闘う。ともに、辺野古新基地建設阻止、改憲阻止、安倍打倒を実現していこう」(福岡・築港日雇労働組合)という熱いメッセージだ。

 最後に、参加者全体でシュプレヒコールをあげて、集会を締めくくった。その後、三枚肉弁当、お茶に加えて、みかんや酒も配られるなど、元旦ならではのメニューとなった。

 

〈1月2日〉

 

 最終日二日の昼は、看護学を教える大学教員の方が、炊き出しを挟んで二時間近くにわたり、医療相談会を開いてくれた。これに約20人が並んだ。衣類の配布も前日同様、盛況だ。炊き出しはカレーライスで、これには80人近くが並んだ。ペットボトルの飲料などの配布も行なわれた。配食、配布を担当した労働者たちはてんてこ舞いだ。

 昼の炊き出しは、三日間とも用意した食事がアッという間になくなるほどの好評で、参加者は日ごとに増えていった。夜は三日連続でパトロールを行なったが、やってくる仲間の数は全日30人近くに達し、昨年よりも10人ほど増えている。それは、沖日労の越年闘争が浸透し支持がいっそう広がりつつあることを示すとともに、失業に苦しむ日雇い・野宿の労働者や、生活保護の減額、低年金・無年金などで生活に困窮する人々の増加傾向をも如実に示すものだ。この状況の変革に、われわれが大いに力を発揮していかねばならない。沖日労に結集する労働者たちは、越年闘争を闘いぬいた地平に立ち、2020年において、「反戦・仕事よこせ」の闘いを大きく前進させ、何より名護新基地建設阻止決戦への日雇い・野宿の労働者の一大決起を実現していく決意を固めている。